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介護を担う人の心の健康についてまとめた冊子。東京都健康長寿医療センター研究所のウェブサイトからダウンロードできる

 「名もなき介護」という言葉がある。食事や排泄(はいせつ)、入浴など高齢者の日常生活を支える介護以外にも、家族らが担う、目に見えない支援のことをいう。そうした介護の積み重ねが、家族の負担となり、心身の不調につながることがある。

「ずっと気がかり」で正解もわからず

 介護保険サービスが浸透しても、介護を担う家族らの負担感が減らないのはなぜか。東京都健康長寿医療センター研究所の涌井智子さんたちの研究チームは、アンケートやインタビューで調査をした。その結果、家族らが生活の中で担っている「名もなき介護」の実態が分かってきた。

 例えば、日によって変わる高齢者の体調や機嫌を見ながら、その日どこまでの支援を自分がするかを調整する。医師やケアマネジャー、他の家族など周囲の人と、高齢者本人の間にたって、コミュニケーションを支援する。高齢者が安全に暮らせるように、危険の少ない家電に買い替えて生活環境を整える……。こうしたことも、家族が担っている。

 涌井さんは「介護する家族は、毎日ずっと介護のことを気にかけている。その上、結局何が正解か分からないし、周囲からも努力を理解されず報われない。こうした状況が、家族の負担感になっている」と話す。

 一般に、このようにストレスのかかった状況が続き、周囲の支援も得られずにいると、精神的な負担が増していき、介護を担う人のうつや体の不調につながっていく。

 では、どうしたら不調を回避できるのか。

 おすすめは「自分の時間をもつこと」だ。自宅で1時間でも30分でも、空き時間に好きな音楽を聴いたり、自分のための買い物をしたり、自分のための時間をもつことで、介護負担感や抑うつが改善することがわかっている。

 また、誰かと話をしたり、介護経験のある人と会ったりすることも、効果的だという。

「1年前の自分」と比べて不調なら… 受診も考えて

 不調が続く場合には、医療機関を受診することも、選択肢の一つだ。うつの治療は、気分の落ち込みを和らげる薬などを使いながら、環境や考え方を整えていく。

 住環境や人間関係を変えられなくても、介護うつを改善することは可能だ。田町三田こころみクリニック(東京都港区)の松本浩毅院長は、「実際にその場からは逃げられない状況でも、変えられるものはある。そこに気づいていないパターンもたくさんある」と話す。

 例えば、介護保険を使って物理的なサポートを得られることに気づくケースもある。自分の考え方のクセを知って対処法がわかれば、ストレスへの耐性をつけることもできる。医療機関で話をすることで、発散にもなる。

 松本さんは「1年前の元気だった自分と比べて、眠れない、食べられない、などの不調が2週間以上つづくなら、一度受診を考えてみてほしい」という。

「介護日記」で抑うつ改善、支援プログラムも開発

 介護の担い手が多様化する中、介護する家族をケアする、支援プログラムの開発も進められている。涌井さんたちが開発する「ケアVIP」は、時計のようなウェアラブル端末とスマホのアプリを使い、介護する家族自身の睡眠時間や、その日行ったタスク、自分のために費やした時間などの「介護日記」を記録していく。約200人に60日間使ってもらって検証したところ、使わなかった人と比べて「抑うつ」と「介護負担感」のスコアが改善していた。

 フルタイムで働きながら介護をしている人や、認知症などの明確な診断を受けていないケースを介護している人などの利用も、想定しているという。涌井さんは「これまで支援の届かなかった人たちを支えるプログラムとして、ゆくゆくは地域包括支援センターなどで活用してもらいたい」と話している。

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